日本は、政府からの映画に対する支援が薄く、また業界全体として寡占状態にある。
そんな中で、「独立映画鍋」を立ち上げ、日本映画を取り巻くビオトープに対する問題意識を発信し(特に、http://eiganabe.net/diversityは必見である)、映画の多様性を守る活動をしている監督がいる。それが、深田晃司だ。

深田監督は本年度(2016年)のカンヌ国際映画祭で、「ある視点」部門審査員賞を受賞した。「ある視点」部門での受賞は黒沢清以来二人目の快挙であった。インディペンデントの立場から映画を作り、「映画の多様性の保持」にアクターとして関わってきた彼は、今や最も勢いのある映画監督の一人となっている。そんな深田監督に、「日本映画界のビオトープをより良くするには」をテーマにインタビューを敢行した。

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【映画監督・深田晃司の誕生】

――まず、映画監督を始められるきっかけからお伺いしたいです。

父親のVHSやケーブルテレビのおかげで、中高生の頃から映画を観るのが好きだったんですけど、初めて映画を作れる側に回れると思ったのは、大学2年生、19歳の頃にユーロスペース(1)で映画美学校(2)のチラシを手にとった時からですね。あの時初めて、自主映画というものの存在、映画が学べることを知りました。

――プログラムはどういうものでした?

私の直属の担任は青山真治(3)監督でした。レギュラーの講師陣が4人いて、青山真治さん、塩田明彦さん(4)、瀬々敬久さん(5)、高橋洋さん(6)。ちなみに僕の年は、海外講師陣が結構凄まじくて、ヴィム・ヴェンダース(7)、アッバス・キアロスタミ(8)、アキ・カウリスマキ(9)、ジョン・ウォーターズ(10)、ダニエル・シュミット(11)という感じで。フィーバーしていたんですよ(笑)。ユーロスペースで新作がかかって来日するついでに、美学校で授業してくれていたんです。他にはこれはもうちょっと後の年ですが、アンゲロプロス(12)とかも来てましたね。

――美学校修了時から今に至るまでのお話もお聞かせ願いたいです。

映画美学校では特別に目立つ生徒でもなく、80人のうち4人だけが残れる修了制作の監督にも選ばれなかったので、だったら自分で自主映画を作ろうということになり、20,21歳の頃に長編映画『椅子』を作ったんです。それはたまたま、アップリンク・ファクトリー(13)の担当者の目に止まって1週間上映させてもらいましたが、全然お客さんが入りませんでした。そして、2005年の時に、「東映アニメーションが静止画を使ったアート・アニメーション作品の企画を集めている」という情報を友人から入手し、「だったらプレゼンしに行こう」ということで『ざくろ屋敷』という作品の企画書を持っていったら採用してもらえました。それが人にお金をもらって映画を作る初めての経験でした。
それから、同じ時期に平田オリザさん(14)の劇団「青年団」に入りました。それは、演劇を作ろうというよりは、オリザさんの劇作のスタイルとかそういったものが映画作りの勉強にもなるという意識が強く、演劇の世界に留学をしに行くという気持ちでしたね。それで、劇団から助成金をもらいながら映画を作るということを何年かやるようになって、2008年に『東京人間喜劇』を作り、2010年に『歓待』を作り、その後も大体2年おきに映画を作って今に至るという感じですね。

――監督が作品の中で「描きたいもの」というのは一貫してありますか?

「これが描きたい」というモチーフは作品によって変わってきますね。それは自分自身でもわからなくて、作品を作ってみて後から振り返ってみると「ああ、結構こういうところに共通項があるよな」という感じで。勿論、観た人が判断することではありますが、「人間が抱える本質的な孤独を家族とか社会的関係性を通じて描きたい」というのが全部の作品に通底しているような気がします。

――青年団に入ったことで映画作りや脚本作りにはどのような影響がありました?

それまで演劇は嫌いな方だったんですけど、青年団を観て「こんな演劇があるんだ」と驚いたんです。会話が、例えば美術館や病院のロビーで待っている人たちがすれ違いながら世間話をしているような、他愛もないもので、誰も本音を語らないんですよ。誰も本音を語らないのにその人が「多分今寂しいんだろう」とか「嬉しいんだろう」、というのがちゃんと伝わってくる。お客さんの想像力の惹起、そういうのを現代口語で最も洗練されたかたちでやっているのが青年団の芝居でした。でも考えてみれば、僕の好きな映画、成瀬巳喜男(15)やエリック・ロメール(16)の映画もやっていることは同じなんですよ。関係性を通じてお客さんの想像力を惹起する。だから、それを学びたかった。台詞を描くのが苦手というコンプレックスもありました。
他にも得るものがあって、俳優さんと臆せずに接することができるようになりました。青年団に何十人と俳優がいて、彼らと話しながら、一緒に映画を作ることで、俳優を信頼して映画を作るということを学びました。
あと一つは、行政面ですよね。映画の世界から演劇の世界に入ると、演劇の世界の方が、「制度をどう作るか、演劇を作るためにいかにして行政にコミットするか」に対して進んでるというか、みんな意識的に動いているんですよね。演劇は映画以上に、それだけではビジネスとして成り立ちづらいですね。アイドルや有名人が出るようないわゆる商業演劇ではない限り経済的にはなかなか成り立たない。あとやっぱり、劇団の主宰者って零細企業の社長みたいなものなんですよ。劇団員を抱えて彼らにやりがいと出演機会を与えていかないといけないから。それに演劇は、「とりあえず作ってみて」ではできない。一年前には劇場を抑えて、俳優も抑えてというスケジュール感で動きますので。ガラガラのミニシアターってよくありますけど、演劇でお客さんがガラガラというわけにはいかないから、みんな本気でお客さんを入れて、組織として継続性を持って活動していく。毎回作品ごとに集まって解散、というものではないから。どうやったら、自分たちの活動を、自分たちがやりたいことを曲げないで継続させていけるか、というところに意識的なんですよ。

(1)ユーロスペースは渋谷・円山町にあるミニシアター。レオス・カラックスやアッバス・キを日本に紹介した他、映画美学校の母体となるなど、日本のミニシアター文化のメルクマールと呼ぶべきミニシアターである。
(2)映画美学校は、1997年、渋谷の円山町に作られた映画学校。深田監督のほか、清水崇監督(『呪怨』)、富田克也監督(『サウダーヂ』)、横浜聡子(『ウルトラミラクルラブストーリー』)等、映画界で活躍する卒業生が多くいる。
(3)青山真治(あおやま・しんじ)は日本の映画監督。『EUREKA』でカンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞とエキュメニック賞を受賞。更に、本人によるノベライズは三島由紀夫賞を受賞した。代表作に『Helpless』『EUREKA』『東京公園』。
(4)塩田明彦(しおた・あきひこ)は日本の映画監督。立教大学在学中より自主映画制作を始め、『黄泉がえり』『どろろ』で商業的成功を収める。著書『映画術』における明晰な「映画のエモーション」の解説は多くの映画ファンの心を掴んだ。
(5)瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)は日本の映画監督。独立系プロダクションでピンク映画を作り、後にピンク四天王の一人に数えられるようになる。2010年には、4時間38分の長編映画『ヘヴンズストーリー』を発表し、世界中で激賞を受ける。
(6)高橋洋(たかはし・ひろし)は日本の映画監督、脚本家。中田秀夫監督『女優霊』『リング』の脚本で広く知られる。
(7)ヴィム・ヴェンダースはドイツの映画監督。『さすらい』『パリ、テキサス』などのロードムービーで有名だが、ファンタジーの傑作『ベルリン・天使の詩』や、ピナ・バウシュを追ったドキュメンタリー『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』など、様々なジャンルを手がけてもいる。
(8)アッバス・キアロスタミはイランの映画監督。一般に、アジア史上最高の映画監督の一人に数えられており、かのジャン・リュック・ゴダールは「映画はD.W.グリフィスに始まり、アッバス・キアロスタミに終わる」とキアロスタミを激賞した。代表作に『クローズ・アップ』『桜桃の味』。
(9)アキ・カウリスマキはフィンランドの映画監督。社会の底辺に位置する人々の生きる様を透徹かつリアルに描く、重厚なヒューマンドラマで知られる。代表作に『過去のない男』『浮き雲』。
(10)ジョン・ウォーターズはアメリカの映画監督。『ピンク・フラミンゴ』『シリアル・ママ』のような過激なカルト映画で有名。
(11)ダニエル・シュミットはスイスの映画監督。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーらと共に映画製作会社「タンゴ・フィルム」を立ち上げた。代表作に『今宵かぎりは…』。
(12)テオ・アンゲロプロスはギリシャの映画監督。歴史・演劇・神話と、様々な芸術と映画的手法を参照しながらギリシャの現代史を描ききった。『旅芸人の記録』『永遠と一日』『霧の中の風景』など、三大映画祭での受賞多数。
(13)アップリンクは渋谷宇田川町にあるミニシアター。ホドロフスキーやグザヴィエ・ドラン作品の配給に加え、種々のワークショップ、レストラン経営など、その業態は広い。アップリンク・ファクトリーはアップリンク内にあるシアター。約70席。
(14)平田オリザ(ひらた・おりざ)は日本の演出家。日常的な話し言葉で劇を構成する「現代口語演劇」を提唱。具体的に目立つ外見的な特徴としては、「役者が後ろを向いて喋る」「役者が複数人同時並行で喋る」ということが挙げられる。代表作に『東京ノート』『幕が上がる』。
(15)成瀬巳喜男(なるせ・みきお)は日本の映画監督。女性映画の名手として知られており、特に高峰秀子とのタッグは有名で、代表作『浮雲』は小津安二郎をして「俺には出来ないシャシンだ」と言わしめた。
(16)エリック・ロメールはフランスの映画監督。成瀬と同じく、一貫して女性を描き続けた。代表作に『緑の光線』『海辺のポーリーヌ』。

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